数ある英語の勉強法の中に、ディクテーションというものがあります。ディクテーションとは聞こえてくる外国語の音声を書き取ることを指します。
ディクテーションそのものは伝統的な英語の学習法です。しかし、皆さんあまり馴染みがないのではありませんか?なぜなら、日本の中学校・高校では今まであまり取り入れられてこなかったからです。
というのも、ディクテーションは個人の能力差が大きく出るので、一斉授業でやるには効率が悪いのです。何回音声を聞き返すのか、生徒間での差が大きく、何十人という集団でやるには不向きです。
しかし、2006年にセンター試験にリスニングが導入されたのを契機に、最近は中学校・高校でも授業に取り入れられてきています。超進学校である灘中学校・灘高校などは前から取り入れているようです。
今、再び注目を浴びているディクテーション。ここでは、初心者向けのやり方を紹介したいと思います。
1.英語勉強法の1つ、ディクテーションの効果
ディクテーションのやり方を伝える前に、ディクテーションが英語の何の技能を向上させるのかをお伝えしようと思います。
ディクテーションの定義は「聞こえてきた外国語の音声を書き取る」です。ですから、「リスニングに効果があるんでしょ?」と思いますよね?
実はリスニング以外にも効果があるんです!1つ1つ見ていきましょう。
効果①リスニング
もちろん、ディクテーションは「聞いては書く」作業をするので、リスニング力向上に効果があるとされています。学校でも主にリスニング力向上を目的として、授業に取り入れられています。
ディクテーションは聞こえてきた音を文字にするので、音声を丁寧に聞く意識を持つことができます。また、文字化することで「音声の何がわかっていないのか(例:単語、文法、音の変化など)」が明確になり、リスニングにおける弱点を見つけやすくなります。
効果②語彙力
大抵の人は知らない単語は聞き取れませんし、書けません。ですから、ディクテーションは知らない単語をあぶり出す効果があります。 その単語を毎度きちんと調べれば、語彙力も確実に向上します。
効果③文法力
「え?」と思うかもしれませんが、実は文法力がディクテーションで伸びます。というのも、英語には複数名詞のsや三人称単数のs、冠詞など、音声の中ではっきりと発音されない音があり、それらを補うには文法力が必要だからです。
例えば、”There are apples on the desk.”という音声が流れてきたとしましょう。この時、applesのsは弱く発音されるので、音声の音量や話者によっては聞き取れないことがあります。
しかし、be動詞がareですからappleではなくapplesと書かなくてはいけないことがわかります。英語の文章は日本語のように全ての音がクリアに発音されるわけではありません。
ですから、ディクテーションでは書き取る際に文を文法力で補う必要があります。完璧に書き取るためには文法力が求められるのです。
効果④リーディング
こちらも「ええ?」と思うかもしれませんが、ディクテーションはリーディングにも効果があります。なぜなら、ディクテーションでは文を覚えておくことが重要だからです。
流れる音声は私たちの書くスピードより断然速いです。音声と同じ速度で書き取るなど不可能です。ですから、聞こえてきた文章を書き起こすまで「覚えておく」必要があります。
この「覚えておく」というのがミソです。
リーディングでも文章の内容を覚えていなければ「……あれ?この文の前はどんな主張をしてたっけ?」となり、読み返さなければいけなくなります。これでは速く文章は読めません。
また、文章を覚えておくためには、その文章の主題、意味、構造(主語は人?物?など)、使用されている語彙などを記憶する必要があります。これらを把握し記憶する能力はリーディングでも求められます。
ディクテーションは聞くことと理解することを同時進行することを求めます。リーディングでも読むことと理解することの同時進行が求められますよね。
だから、ディクテーションができるようになると読み戻しが少なくなり、速読できるようになるのです。
2.初心者向けディクテーションのやり方
それでは、初心者の英語スキル向上に効果的な方法を紹介します。
①教材の準備
教材は簡単なもので大丈夫です。使用済みのリスニングの教材が最適だと思います。ディクテーションのための教材というのは少ないので、リスニングの教材を応用するのが一番手軽だと思います。
最初に書いたように、最近は中学校・高校でもディクテーションが取り入れられる傾向にあります。特に、センター試験用の問題集にはオプションでディクテーション教材が付いていることがあります。
高校卒業レベルまで文法を勉強している方は、ディクテーションの問題が付いているセンター試験用の問題集を買ってみるのも1つの手だと思います。リスニングの問題も解けて一石二鳥です。
尚、下には無料で使えるディクテーションの勉強ができるサイトをまとめておきます。初心者〜中級者向けのものです。
こちらの動画シリーズもおすすめです。1本1分程度です。
アプリであれば、リクルートが提供している「スタディサプリ ENGLISH」や、上でも紹介した英語リスニング無料学習館がアプリになった「ディクトレ」がおすすめです。
少し変わり種の教材ですが、筆者としては単語帳もおすすめです。単語帳の横にある例文をディクテーションします。旺文社の英検の単語帳、『でる順 パス単』シリーズならアプリで音源が聞けます。
例文なので文も短いですし、新出単語の発音を確かめてからディクテーションできるのでおすすめです。アプリでは再生速度も変えられますから、普通の速さで聞き取れなければゆっくりにしてみるのも良いでしょう。
+α 教材の下準備
初めから丸々1文をディクテーションするのは初心者にはハードルが高いと思います。リスニング教材を応用して使う場合、以下のようにして穴埋め問題にして使うことをおすすめします。
まず、緑色のマーカーと赤い下敷き、或いは赤いマーカーと緑色の下敷きを用意します。100円ショップでセットで売っています。
そして、リスニング教材のスクリプト文の1文あたり、文の長さ等を考慮しながら1〜4つの単語に適当にマーカーを引きます。
ただし、固有名詞や人名には引かないでください。表記方法がいくつもあり(例:アン→Ann,Anne)正解が一つではないからです。
そして、下敷きをかぶせ単語を消して、隠した単語を聞き取って書きましょう。
②書き取る本文を1回聞く
流れてくる文の大まかなストーリーや主張を把握するために、1度聞き流しましょう。使用済みのリスニング教材で、内容がわかっていたとしても、一応聞いてください。耳を英語に慣らす意図もあります。
③聞いては書き取る
さて、本番です。聞こえてきた英語を書き取っていきます。リスニング教材の場合は、最初は1文流れたら一時停止して書き取りましょう。いきなりリスニング問題全てを書き取ろうとしてはいけません。
この作業を聞き取れるまで何回も行います。何回も聞いていると、初めは聞こえなかった部分もだんだん聞こえてきます。
とはいえ、10回以上繰り返して聞く必要はありません。10回聞いてわからない部分は大抵100回聞いてもわかりません。聞き返すのは多くても10回までにしましょう。
また、音がわかってもスペルが思い浮かばない時や書くのが間に合わない時は、カタカナでメモっておきましょう。スペルは答え合わせで確認すれば大丈夫です。
④書き取った英文を確認する
書き取った英文を一度確認します。ディクテーションでは、どうしても音声は書き取る手よりも速いので焦ります。書ける単語であってもスペルを書き間違えたり、三人称単数のsを書いたつもりが、手元が空回って書けてなかったりします。
また、スペルを書くのが間に合わなくてカタカナで音を書いた場合は、この時にアルファベットに直しましょう。わかるところまでで大丈夫です。単語の一部でも頭文字だけでもアルファベットにしましょう。
見直して気づけば、カタカナをヒントに音を思い出してスペルが書ければギリギリセーフです。少しでも正解するために、答え合わせの前に見直しましょう。
「そんなことしたら聞き取れていない/覚えていない単語がわからなくなるのでは……?」と思うかもしれませんが、本当に聞き取れていない/覚えていない単語であれば書き直しようがありませんし、音を思い出せません。
見直して書き直せた単語はちゃんと聞き取れている/覚えている単語です。心配ありません。人間は焦るとミスするものです。音声と同じ速さで書くのも無理なことです。ですから、書き直して大丈夫ですよ。
⑤答え合わせと振り返り
見直しが終わったら答え合わせです。音声を聞きながら、間違えた部分を訂正しましょう。
そして、どうして間違えたのか分析しましょう。単語を知らなくて書けなかったのか、音声の中で単語の発音が変化していてわからなかったのか、文法がわからなかったのか……その間違えた原因があなたの弱点です。
そして、その弱点を克服するための勉強をしましょう。その弱点が克服できればあなたの英語力は伸びます。
単語を知らなかったのなら調べて覚えてください。音の変化がわからなかったのならその部分を繰り返し聞いてください。文法がわからなかったら文法書を引っ張り出して読んでください。
小さな努力を積み重ねによって、弱点は克服できます。「まぁ、いっか」と放置せずに、その場で間違えた原因を潰しましょう。 これが英語力を上げる近道です。
⑥仕上げ(時間がある時のみ)
ディクテーションした教材を音読したり、シャドーイング(音声からワンテンポ遅れて発音)や、オーバーラッピング(音声と同時に発音)をしましょう。これをすることで、その教材で学んだこと(単語、音の繋がり、文法など)が定着します。
とはいえ、ディクテーションだけでもかなり時間を取るので、毎回とは言いません。ただ、より学んだことを記憶に残すためにはした方が良いので、「今日のは苦戦したなぁ」と思ったらすることをおすすめします。
3.ディクテーションの注意事項
ディクテーションは英語の効果的な勉強法ですが、いくつか注意事項があります。これを頭の片隅に置いておかないと逆効果になる可能性もあります。
①スペルミスを気にしすぎない
ディクテーションでは英語を書く(又はタイピング)するので、スペルを間違えることがあります。しかし、スペルを間違えたからといってあまり落ち込む必要はありません。
2-④でも書いたように、ディクテーション中はどうしても焦ります。音声よりも手を早く動かせることはまずありません。つい、書いている部分よりも先に意識がいって書き間違えることもあります。
もちろん、スペルを間違えて覚えているのならばきちんと覚え直しましょう。しかし、冷静な時にちゃんと書ける単語であれば、「次、気をつけよう」と思うくらいで十分です。
ここで、スペルに対して慎重になりすぎるとディクテーションが嫌になりますし、学習が進みません。単語に執心しすぎて、英文の意味内容の把握が疎かになることもあります。
そうなるとディクテーションの効果はなくなります。スペルミスに関しては、普段より少し寛容に捉えましょう。
②一語一語聞き取ろうとしない
①にも関連することですが、ディクテーションばかり行っていると、一語一語に執着しすぎて英文全体が聞き取れなくなります。ミクロにこだわり過ぎて、マクロに見れなくなるのです。
英語は、単語単品の時と単語を文に入れた時で発音が変わります。リンキングと言います。How are you?が「ハウ アー ユー」ではなく「ハワユ」になるといった現象です。
一語一語にこだわりすぎると、こういったリンキングなどを見落としてしまうことがあります。また、英語のリズムを見失ってしまうこともあります。英語は日本語よりもリズミカルな言語なので、リズムを見失うと聞き取れるものも聞き取れません。
確かに単語が聞き取れないとディクテーションはできませんが、単語にこだわりすぎないようにしましょう。全体の流れも意識して音声を聞いてください。
どうしても一語一語に集中してしまうなら、一度ディクテーションをやめてみましょう。代わりにシャドーイングをしてみてください。
シャドーイングができたらディクテーションする、というように順番を変えて、英文全体への意識を再生しましょう。
③長時間行わない
ディクテーションをすると、ただ聞き流すよりは丁寧に英語を聞くようになりますが、やはり長時間やると集中力が保てません。いつのまにか聞こえた音を書き取る作業になってしまいます。
ディクテーションは聞こえてくる英文の「意味の理解」ができて初めて成功と言えます。単語が書き取れても「何を喋ってたんだろう……?」となっては意味がありません。
また、ディクテーションはとても疲れる勉強法です。頭も耳も手もフル稼働です。ですから、あまり長時間やりすぎると疲れてしまって続けられないし、他の勉強が並行してできません。
ディクテーションは1日 1題から2題で十分です。そのかわり集中して行ってください。
④引き際を知る
リスニング力向上という目的でディクテーションをするならば、一定までスキルが上がったら一度ディクテーションを離れましょう。ディクテーションは英語初心者には大きな効果がありますが、一定レベルまで上がるとリスニング力の観点ではあまり効果がありません。
ディクテーションでリスニング力が上がるのは、音で単語をきちんと認知できるようになるからです。日本人にとって、英語の発音は普段聞きなれない音がたくさん入っています。ですから、英語初心者には英語が音楽のように聞こえることも少なくはありません。
ディクテーションは、その聞きなれない音を文字にすることで、 英語を音から言語として認知することを促します。それがディクテーションの最大の効果とも言えます。
その認知ができるようになった後、リスニング力が大幅に向上するかというと……素直に首を縦には振れません。もちろんリスニング力も上がりはしますが、どちらかというと速読の能力が上がるように思います。
これらのことは、実際に大学で研究され報告されています。専門家の間では、ディクテーションには肯定論だけでなく否定論や懐疑論もあります。
英語を言語として認知できない人にディクテーションは有効です。しかし、認知できるようになったら、リスニング力に関しては少し効果が薄れるように思います。
一定レベルまでリスニング力が上がったら、シャドーイングなど別の勉強法に移った方が良いでしょう。ディクテーションは英語を聞き流していないかをチェックするために、時々行うくらいで十分です。
ディクテーションは英語のスキルを総合的に上げてくれる勉強法ではありますが、万能ではありません。あまりディクテーションを過信しすぎると、思わぬ落とし穴にはまることになります。
少し小難しい話をしましたが、ディクテーションはエネルギーを使う勉強法です。エネルギーを無駄にしないためにもメリットとデメリットを知った上で行いましょう。
まとめ
- ディクテーションはリスニング以外にも効果がある勉強法
- ディクテーションは簡単な教材から始め、聞き取れなかった原因を探し、弱点を克服することが大切
- ディクテーションにはやりすぎるとデメリットもあることを忘れない
ディクテーションは英語学習において王道の勉強法です。効果があることは間違いありません。
ただ、あまり過信してやりすぎると逆効果になりかねません。英語学習は1つの方法に偏らず、バランスよく行いましょう。
また、ディクテーションも継続しなければ効果は出ません。最低でも3ヶ月ほど頑張る必要があります。はじめは疲れるので週1回でも構いません。続けましょう。
以下、参考にした論文です。
ディクテーションは高校生のリスニングカを伸ばすか一リ一ディングカ・文法力の高い集団を対象とした実証研究一
著者:米崎 啓和
兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科
英語教育におけるリスニング、 シャドーイング、ディクテーションの関係(PDFダウンロードリンク)
著者:飯野 厚
法政大学経済学部経済学科教授
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