プロフィール

こんにちは

プロフィールをご覧いただきありがとうございます。

ぼくは、高校を中退してずっと引き込もっていた、いわゆる社会不適合者でした。

話すと長くなるダークな話ですし、このブログのコンセプトは、「英語に興味がある人に英語を学んでバラ色の未来を手にしていただく」ということなのでぼくのどうでもいい話は割愛します。

30歳手前にして突然英語を学びたい衝動にかられました。

いわゆるギリホリってやつです。

ワクワクしながらもどの国にいけばいいのかわかりませんでした。

留学カウンセラーに扇動されるがまま、オーストラリアにすることにしました。

目的はなかったオーストラリアしどにーでの留学。でもとりあえず楽しかった。

なんの目的もなしにオーストラリアへ留学をしました。

そこではシドニーのオックスフォードストリートに住んでいたのですが、楽しい仲間と出会えてとても楽しかったです。

ベッドバグに噛まれたりゴキブリと一緒に生活をしていました。(笑)

なれるもんなんで、これから行かれる方もご安心くださいね。

ウォシュレットがありませんが、それもなれますよ。(笑)

乙女にうってつけの美しい都市メルボルン

そしてメルボルンにもすみました。

めっちゃきれいな都市です。

そこでは、マカロンを食いまくりながらバリスタをしたり、中国人のミュージシャンにスパルタでバーテンダーをやったりしました。

特に目的もなく今が楽しけりゃそれでいいで生活していたので楽しかったです。

カナダのバンクーバーにギリのギリの掘りでワーホリ。ゲイに囲まれて働く。

その後はギリのギリでカナダにもギリホリをしました。

バンクーバーだったのですが、うってかわっての曇り空続きで少々鬱になりました。

でもとっても素敵な都市ですし、日本人もたくさんいて暮らしやすいですよ。

日本人がたくさんいても、別に外国人と話したければいくらでもチャンスはありますのでご安心を。

ぼくが働いていたのは、Hawksworthという名前のホテルでした。

となりにベルカフェというおしゃれなカフェがあるのですが、そちらと兼任でバリスタをしていました。

ラテアートを書くのが得意なんですよ。

とはいえ、はるか昔の話ですけどね。(^^;)

そのホテルの従業員は半分くらいがゲイの人たちでした。

そのホテルのマネージャーがゲイでして、その上美少年好きなんです。

なので、従業員が全員イケメンばかり。

イケメンに囲まれて仕事をしておりました。

もう少しで永住権がとれそうだったのですが、神様に見放されて帰国することになりました。

最後はカナダの税務署と戦いました。

TOEIC900を取得。だれでも取れるとわかる。

その後お土産が何もなさすぎということで、TOEICを勉強しました。

最終的にはTOEIC900点を取得することができました。

実はだれだって900くらいしつこくやればとれるんですよ。

カナダから日本に帰る前にケベックに旅行してさらにアメリカを旅行しました。

ケベックでは、英語が話せないカナダ人とかいて不思議でした。

いつもお金がないのでバックパッカーに止まっていました。

アメリカ横断旅行をする

カリフォルニアのロサンゼルスの郊外にあるバックパッカーに止まった時に、気がつけば周りが全員黒人というどうも雰囲気がスラムな感じのところにたどり着きました。

ちょっと怖いなと思って電車をおりたら、とつぜん黒人が乗客を殴り出して、めっちゃびびりました。

殺されるかと思いました。

最後にフロリダも旅行しました。

フロリダも治安が悪いと実は知りませんでした。

バッパーで人殺しをして刑務所に入っていたことがある人と部屋が同じになりました。

めっちゃびびりました。

フロリダの一番のおすすめは、やっぱりビーチです。

海水があったかいんですよ。

バッパーではいっしょにビーチを観に行こうとナンパされました。男性に。

日本が好きな人でした。

また、「You are HOT!」とか街を歩いているひとにいわれました。

多分、わりとそのときはいい体していたからだと思います。

速攻Facebookで自慢してやりましたが、だれもコメントしてくれませんでした。

日本で外資系のIT部門で働く。英語が話せるだけで給料は別としてもブラック企業はかわせるとわかる。

日本に帰ったあと血迷って、おれのフレンチというフレンチレストランなら英語が活かせると思って働きました。

でも地獄でした。早朝からはたらき、たわしで店の壁を掃除させられ、便所に顔を突っ込みながら便所掃除をさせられ、終わるのは終電ギリギリ。

確実に、ブラックのブラックな労働環境でした。

すぐにやめました。

なぜそんなことをしたのか今でもわかりません。

その後TOIECを生かしてあっさりと外資系企業のIT部門で働きました。

その料理店に比べると天国でした。

ちゃんと休みはあるし、お茶とか飲み放題だし、働いている人みんな良識があるように見えました。

会社の社長がアメリカ人なのですが、そのアメリカ人社長の国際会議のサポートを早朝6時からしたり、上司が怒り狂っている中サーバーダウンについて電話会議で一人インド人たちとやり取りをしたりしました。

やります!といって率先してやるのが好きでした。でも実は、そのとき英語半分くらい何言ってるかわからなかったんです。(笑)

インド人の発音が苦手なんですよ。相手のインド人も母国語が英語ではないですし、後ろで上司がブチ切れて仁王立ちしていてテンパりながらこんな大事な時に、インド人舌巻きすぎだから舌をつかんで伸ばしてやりたかったです。

「ちょっと今は待つしかないようですね。」とか適当にほらぶっこいておきました。

日本の生活が合わず鬱になる

しばらくがつがつ働いて、そのあと鬱になりました。

日本での生活はあわなかったようです。

突如アメリカに留学。英語に年齢は全く関係ない。

その後友人の助けもあり、アメリカに留学をすることになりました。

そこでは、アメリカ人の20歳くらいの生徒と一緒に勉強をしたのですが、余裕で成績で勝てました。

ちまたには英語は若い頃から始めなければならない、とか言っている人たちがいますが、やる気さえあればいくつになってからでも英語はできるようになります。

アラフォー留学生でも20歳のネイティブの学生に余裕でお茶の子さいさいで勝てるので。

今、敗者復活戦が始まる・・・。

そして今は、ネットビジネスで敗者復活戦をかけています。

今年中には復活できそうなんです。ぼくにもまだ、めっちゃやりたい夢があります。

僕の活動で、年齢を理由に希望を失う人が1人でもなくなればいいなと思っています。

自分の知識が、英語や海外に興味がある人の役に立てれば幸いです。

英会話ができるようになったあなたにはバラ色の未来と海外の世界が待っています

英語ができるようになるとあなたを待っているバラ色の未来を掴んでいただきたいです。

英語というか、英会話が片言でもできるだけで十分です。

でも、英会話はできればできるほど人生が楽しくなりますよ。

あなたがワクワクしているとおり、海外は楽しいですよ。

このブログでは、そんなあなたが必要としている英語ができたあとの「バラ色の未来と海外の世界」を見せてあげて、英語学習のモチベをあげていただきたいと思っております。

読んでいるだけで、ワクワクするようなサイトしていきたいです。

英語は思っているより簡単です。

同じく海外大好きな僕と一緒に、がんばりましょう!

フロリダ